選手に「もっと考えろ」と言いたくなること、ありませんか?
でも、もしその言葉が空虚に響いていたら。
それは、こちら側が思考しないまま伝えてしまっているからかもしれません。
選手に“思考力”を育てたい。
ならば、まず私たち指導者自身が、思考の姿勢を持ち続けなければならない。
これは当たり前のようでいて、日常に埋もれて見失いがちな前提です。
選手の行動が鈍い。
チームの雰囲気が重い。
伝えたはずのことが伝わっていない。
そんな時こそ、自分の言葉の奥にある「自分の思考」は明確だろうか、と立ち止まりたい。
思考しない指導者は、“思考させられない”
思考を伴わない指導は、結果的に「指示」になります。
選手に「受け身」の構造を強いる。
そのままいけば、指導する側もされる側も、いずれ思考停止してしまう。
「こう言えば動くだろう」「前もこれでやれたから」――そんな“慣れ”に、知らぬ間に支配されていないか。
「考える」ことは、不安定さを含みます。
けれど、その揺らぎの中でしか、変化も成長も、生まれません。
思考する指導者は、選手を信じている
「今、なぜこれを伝えるのか?」
「選手に何を考えてもらいたいのか?」
そう問いながら指導している人は、相手の“未来の可能性”を見ている人です。
言葉を発するとき、そこに意図と願いが宿っているかどうか。
それが、選手の“考える力”に火をつけます。
変な指導者には、ならなくていい。
指導は続けていくうちに、無意識の習慣が支配してきます。
そこで一度、問い直してみませんか?
**「自分はどんな問いを持って、今ここに立っているのか」**を。
指導者こそ、自分を見直す時間を
私は、思考する指導者と、対話を通じてその“軸”を見つけるお手伝いをしています。
誰にも話せなかった迷いを整理し、伝え方・関わり方を変えるヒントを一緒に探します。
少しでも気になる方は、体験セッションをご活用ください。