スポーツに正解はない!
基本的な動作はあったとしても、トップアスリートになるためにはそれだけではすまない。僕はそう思っています。だから、型にはめて成長すると考えている指導者との意見には同調しません。
だから、嫌がられるんだろうとおもうのです。
そもそも、トップアスリートの定義だけど「結果を残すからトップアスリート」って思っている人がいたら、認識を改めた方が良いと思っているのです。
「トップアスリートだから結果が残せる」
のです。何事にも基本が大事なのはわかりますが、スポーツの場合、骨格や成長度合いによって筋肉の付き方によって動かす事、動き方が変わってくると思っています。
また、フィジカル面でも個人差がでやすいのだから、画一的な方法は最小限になってしまうのだとおもうのです。
個人差があるからこそ、個々の性質を捉える必要性があると考えます。
これは、指導者に対してでは無く、スポーツ選手に伝えたいことなのです。画一的な指導を受けている場合は、早くから正解があると思い込んでしまう傾向があります。だから、挫折したときに「言われたとおりやっているのに・・・」と絶望してしまうのです。
正解は試行錯誤で見つけるしかない
スポーツ選手には過酷な意見だとおもうのですが、これが本質的なモノだと思うのです。
前述したように、体格や筋肉の付き方が異なり、骨格もことなるのですからやれることが異なるのです。だから、指導者の言うことは聞いても、参考程度に受け取るしかないと思っています。
参考にして、指導者と自分の骨格や今の戦術を比較した後に自分に合っているだろうとおもえるスタイルを試してみる。そして、上手くいかなかったところを修正して行くしかないんです。
だからこそ、試行錯誤して、自らのプレースタイルを確立した人達のプレーに感動するのです。
試行錯誤から材料を得て、自ら修正して行くことはごく平均的な人には難しいことと思えるのです。
難しいからこそ、解らない事はどんどん指導者に質問して、自分のスタイルとの差をしってほしいのです。言われるがまま、練習していたのでは時間がもったいないです。
言われるがまま、成されるがままの操り人形では、あなたの特性は活きてはきません。
トップアスリートは我が儘!といわれるのは、これが基本になっているのだと推測します。
タダの我が儘ではありません。自らがなりたい姿をもっているからコソの我が儘なんです。
僕はそれを、主体性のある選手と呼びたいのです。
トップアスリートになるためには、もっと我が儘に、わからないことは、わからないと聞いてください。