自己調整力強化

「自分勝手」と「目的を目指して自分で決めること」は、似ているようで違うのだよ。

自分勝手は大成するのか

自分勝手な選手は大成する。みたいな意識があるけど。公認スポーツ指導者の更新研修では時たま、そんな話題がでます。「アイツは自分勝手にやっていた。それでも大成するんだから大したものだ」みたいな話です。

自分勝手と指導者が見ているだけで、本人にとっては違うかもしれない。この可能性は残しておきませんか?という提案です。

本人が何をめざしてるのか?どんな選手になりたいのか?を確認していない以上、自分勝手な選手とは言えないのではないだろうか。

自分勝手は「他人の迷惑などは考えず、自分にだけ都合が言いように行動する様子」(新明解国語辞典)なのだそうだ。

アスリートは「自分勝手でもいい」という人もいる。確かに、自分の目的を果たすために「他人の迷惑を考える余裕はない」といういえるかもしれない。一流のアスリートになるためには、他人のサポートは必ず必要になるから、「自分勝手」では、一流アスリートにはなれない。

「自分勝手」と判断するのはだれか?という問題

自分本位であることと、自分勝手は区別するべきだとおもうので、アスリートも区別してほしいとおもう。

全体最適と部分最適みたいなこと。

指導者は全体最適を目指していると善意に解釈すれば、アスリートの自分本位は許せない。しかし、常に周囲の状況を勘案しながら決めているのならば、全く問題は無い。全体最適を目指すことと、その弊害とすれば、個性を抑制しなければならない時もでてくる。

そのときに、アスリートが「自分勝手」に振る舞うのか「結果を考慮して自分本位に」振る舞うのかでかわる。

そのとき、指導者の目指している状況にならないときに指導者はプレーヤーを「自分勝手な選手」と判断する。しかし、勝利を得られれば「チームを活かしたプレー」に変わってしまう。

ということは、同じ事をしても結果がことなれば見方もことなるということなので、誰が判断するのか?その人の立場は?とプレーヤーが理解していればいいとも言えるんじゃないかな?

【無料】ホットコムマガジン
勝利を引き寄せるメルマガ
無料/ホットコムマガジン
勝利を引き寄せるメルマガ