楽しさと苦しさと・・

楽しいときの行動力

まあ、楽しいときはよく動きますね。なんでもかんでも、目についたものに近づいたりして・・

苦しいときの行動力

ほとんど動かないですね。だって苦しいんだもの。

不思議だね

多くの人は、苦しむと成功が近づくなんて言っているような気がする。僕だけかもしれないけど、僕のわずか50年の経験では、楽しいときに一緒にいた人ほど長く続く。苦しみを分かち合ったときの人は、あまり続いていない。苦しいだけだと、思い出したくないんだよね。そのときのことは。。だから会いたくもないし、近づきたくもない。だから楽しいときの人ほど、再び会いたいんだ。

先人は言う!

人は苦しまねば、成功はない!苦しんでこそ成功があるって。僕は信じない。本当に苦しいのであれば、人は逃げるもの。首を絞められて苦しいとき、耐え忍びますか?いじめられて苦しいとき、耐えて耐えて本当に耐え続けていられますか?
僕は間違いだと思う。いや、勘違いだと思う。
苦しんだのは自ら選択し、自ら耐えられると判断できたから。苦しみの先に希望があると本人が思っている時だけだと思う。
先人は、希望を叶えるために、先人自らが選択した希望を叶えるために苦労、苦しみを経ている。と考えた方がいい。他人が与えた希望なんて、本人にとっては何の意味もない。

加速するもの

コーチングは加速するもの。方向を修正するもの。整理するもの。沼に沈もうとしている人がコーチングを頼むと、「なんだ、コーチングはあまり有効じゃなかった」ということになる。沼に沈もうとしている人、助けを希望してる人にはあまり有効ではない。自力で這い上がろうとする人には有効だけど。。

コーチングは、寄り添わない。客観的目線で、見たくない現実をみせてくれる。だから有効なのだ!見たくない現実をみること。認識することが、行動を適正なものにすると思う。

現時点の足下を見る勇気のない人にとって、コーチングは毒薬かもしれない。