ゼロリスク信仰を醸成する

人の成長を止めるのは簡単なことだ。

ゼロリスク信仰を醸成すれば良いのです。

様々な言葉を投げかければ、自ずと成長はとまります。

 

代表的なもの

「それって正解ですか?」

投げかけてみる。それだけで行動がとまるのだ。

言葉は異なるが

「それ、正しいの?」

「正しいことをしないさい?」

 

「危険な事は絶対にしちゃだめ」

これもゼロリスク信仰を醸成するものになります。

 

私が怖いと思うもの

「完璧に仕上げなさい!」

 

この言葉も成長を止めます。

一瞬、完璧を目指して何かを成し遂げようとするために、

良い言葉の様に聞こえます。

 

ですが受け取り手が

「これって、完璧じゃないよな?」

と疑義をもった瞬間、行動は止まります。

 

「完璧」とは誰が定義するのかが問題なのです。

同様に

「ゼロリスク」とは誰に対して「ゼロリスク」なのか?が問題になります。

 

また、「リスク」とはどんなものなのか?どの程度までいったら「リスク」=「危険」と言うのかが

定義されてない以上、全てがリスクになってしまう可能性があります。

 

私は生きていく上で、リスクは大小にかかわらず存在すると認識しています。

同時に、そのリスクは時の流れと共にベネフィットに変化します。

 

敢えて危険な道を選ぶことが、後々、様々な恩恵を生み出すことも知っています。

何かをする。それには危険が伴います。

 

ですが、のちのちの恩恵に変化するのがほとんどです。

 

 

何故だと思いますか?

 

 

リスクと認識した時点で、人はリスクが現実にならないように行動し始めるんです。

リスクをとる。=恩恵を生み出す行動を開始する。

コーチングのセッションでリスクをとる行動を促すときがあります。

 

何故だと思いますか?

 

人はリスクをとると、リスクがリスクでないくなるように変化します。

それは「成長」と呼んでも良いかもしれません。

さらに言うなれば「進化」といえるかもしれません。

 

リスクは成長を促すのです。

だから、セッションでリスクをとる行動を促します。

 

ゼロリスクをとる=成長を止める=退化する=腐る

 

と私は認識しています。

 

同時にゼロリスクを願ってしまいます。

矛盾を抱えたまま、いきてくんです。

 

それでいいのです。

 

私はそれを「人間」という動物の本性だとおもうからです。

 

私は成長する。

私は進化する。

 

そのために、リスクをとる勇気が必要になります。

コーチはクライアントの背中を押すのは、成長、進化のためなのです。

 

成長と進化。

そのためには、リスクをとる。

歴史は語っています。動物はリスクをとりながら生きながらえてきたのです。

人もリスクをとりながら成長してきたのですから、、