必要な人に言葉を届けたい。

全ては、自分が選択した結果である。
そう思い、暮らすには相当な覚悟がある。
いつも誰かに責任を押しつけていた僕にとって、相当な覚悟が必要だった。

小さい頃。末っ子長男として暮らしていた。
姉の言うことを聞いていれば、姉の加護の元に暮らせていた。
自分で何かを切り開くということをしなくて済んだ。
楽だった。

いじめられても、逃げ帰るところがあった。
かわいそうとおもってもらえることに幸福感を覚えていた。

だから、自らを「可哀想」と思ってもらえる状況を作り出すことが
自分を、楽をして、生きる方法だと無意識レベルでそう思っていた。
今、振り返るとそういうことだと思う。

いじめや村八分になったり、生徒会役員に立候補して最下位で落選した経験をしていた。
自分の思う通りにいかないと、周りに責任を押しつけていた。
同時に自分の価値観が一番正しいと傲慢になっていた。

大人になって、生活費を稼ぐようになり自分の事に責任を持つこととなった。
就職して数年間は、自分は一人前になったと思っていた。

30余歳のときに、大きな決断を突きつけられる。
生死にかかる決断だった。
今まで生きてきた時間を否定されたかのような瞬間が来た。

確実なのは、

以前の状況を取り戻すことができない。

というこだ。

 

以前の状況を取り戻す事ができないこと。
その原因を探ってみた。

だれのせいでもない。もちろん自分のせいでもない。
しかし、私のせいにしたい人はいただろう。

確実なのは

以前の状態には、戻らないということだった。

どんなに嘆いても、どんなに泣いても、

誰かを責めても、

戻らない。

その中で生きていく事を選択する私がいる。

 

生きていく覚悟をきめたら、戻らないことを嘆くこと、原因を見つけることなど

どうでも良くなった。

 

生きていく覚悟にたどり着くまで、知り合いの方から沢山の言葉をいただいた。

 

「命はつなぐもの」

 

その言葉が、私を勇気づけた。

 

「禍福あざなえる縄のごとし」

 

この言葉も勇気をもらった一言だった。

 

言葉は、勇気をくれる。

 

 

 

きっと、私と同じように途方にくれている人がいる。

きっと、勇気をもらいたい人がいる。

きっと、背中を推してもらいたい人がいる。

 

そんな人に、言葉を届けたい。

 

私が「格言・名言365!」を始めた理由なのだ。

 

届いていない人に、とどいたらいい。

 

 

390もの言葉が、どんな影響をあたえるか。

 

途方に暮れている人の光明になってほしい。

勇気をもらいたい人に勇気を与えて欲しい。

背中をおして、一歩すすめるようになって欲しい。

 

 

欲しい人に届け!

 

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