何が原因か?ではなく、何をすれば!だと思う。

ビジネスコーチングでも

コーチングのクライアントでも、何かが起こったときには、その原因を究明する。

そして直す!修正する。と多くの人が言います。

その通りです。それも確かです。

 

原因を探して終了!

 

原因がわかっただけで終わっている。

 

あるいは原因を作った人、もの、ことの責任にして終了!

 

原因を探せ!こうなったのは○○のせいだ!

 

生産的ではない!

 

原因がわかったとしても、次の失敗はその原因が引き起こすとは限らない。

 

「問い」が違うんです。

私たち昭和世代は責任論が根強く残っています。

責任を問う=引き起こしたもの、人、ことを追求して、謝罪させる。

という公式になっているように、私は認識しています。

 

だから、

「原因を探して、責任をとらせる」のための問いになってきます。

責任とはどういうことなのか?

広辞苑では

①[荘子(天道)]人が引き受けてなすべき任務。「―を全うする」「―を持つ」「―をとる」
②政治・道徳・法律などの観点から非難されるべき責(せめ)・科(とが)。法律上の責任は主として対社会的な刑事責任と主として対個人的な民事責任とに大別され、それぞれ一定の制裁を伴う。

とあります。

②が主流なんですね。昭和世代は。ひょっとしたら軍隊教育の名残?

 

高校野球をしていた私が言われたこと。

「責任をとって、丸刈りにしろ!」

「責任を感じているなら、謝罪してこい!」

 

職場でも

「おまえ、この責任をどうするんだ!」

「おまえの責任は失敗しないことだ!」

などなど、、

 

違うでしょ!

私たちは、未来を生きていく!そのために、自分の役割を全うすること!

それが責任を全うする。責任をとる。ということにする!

 

丸刈りしたらおしまい。

責任とって辞めたらおしまい。

 

それで未来、作れますか?

未来を創るために、今、何をすればいいのか?

これからも、未知のものが沢山出てくる。

そのために、自分の役割は何なのか?何をしていくのか?何をすれば、生き抜いていけるのか?

 

周りを見回して、今、何をすればいいのか?何をすることが、未来をつくる一歩になるのか?

 

非難、批判、批評からは、なにも生まれません。

 

自己非難、自己批判、自己批評からは何も生まれません。そこから、1歩、1mm先になにをするか?

なのです。