月曜日の昼下がり

着々と進む時間の中で、
息子達と自分を見比べてみる。
成長を頼もしく感じ、
一方で離れていく
自立していく息子達にさみしさも感じる。

あの、慈しむような日々を持っているだけに
彼らが自立していくことが、頼もしくもあり、さみしくもある。

ただ、見守り、ただ、会話をし、
目的を見失いそうなときは
「そもそもの・・・」
と投げかける。

目標が「緊急で重要なもの」に焦点があわさり
「重要だけど緊急でない」目標と整合がとれなくなった時には
視点を変える質問をする。

そんな風に接する。

常に出来ているわけではない。
出来ない場合には、僕の感情が入り込む。
慈しむあまりの感情が入ってしまう。

ついつい、お節介を焼いてしまう。

彼らの成長にマイナスになることもしてしまう。

そんなときには、「ああ、親なんだなあ~」と思う。

そして、親である自分に対しても慈しむ気持ちがある。

自立し、自分のことは自分で責任を取る。自分の人生に責任を持つ。
そうなって欲しいから、そうあって欲しい。

彼らにとって、「自分の人生に口を出して欲しくない」ときが出てきた。
良い傾向だ。

成長を感じる。

そんなときが、親として嬉しいときだ。

コーチングのコーチをしていて、うれしさを感じるときと同じだ。

クライアントが成長しているとクライアント自身が感じている。
そして、クライアント自身が能力を伸ばしているという自覚が現れたとき、
その時の目が、表情が変わる。

僕はクライアントの成長という変化を提供し続ける。


2019年01月28日